日本ミャンマー未来会議

支援者様からのメッセージ

応援メッセージをいただき誠にありがとうございます。掲載させていただいたメッセージの他にも、たくさんのメッセージをいただきました。

全てをご紹介できず申し訳ありません。皆様の想いを胸に刻み、スタッフ一同これからも活動して参ります。本当にありがとうございました。

Y・F様

作業を魂を注いで一生懸命に探して下さっているミャンマーの皆様、井本様へ。50代にさしかかろうとした時に、日本兵の日本国土へ帰還して頂く為に遺骨調査されている事を虎の門ニュースで知り、涙が滝のごとく流れて、数日眠れない日が続きました。あらゆる戦前、戦中、戦後の日本人の生き様を、なんて自分は心に留める事なく軽視して年月を過ごしてきたのだろうと身震いさえしました。私は、自分の与えられた生きている時間の中で史実を知り得て本当に良かったです。毎年、僅かながらですが、私が尽きるまで、ずーっと支援致します。

N・T様

今ミャンマーに来ています。ネピドーの広大な道路が昔は激戦の地だった事などを知り、悲惨な歴史について少し知る事ができました。微力ながらもご先祖様の遺骨が1日でも早く日本に戻ってこれるように協力したいです。

I・S様

アジア開放の為に戦われた日本兵の、早期帰国を実現して頂きたい。

K・M様

「虎ノ門ニュース」で井本さんの活動を知りました。ちょうどビルマで戦病死した祖父の軍歴証明を取り寄せようとしていたところでした。入手した記録によると、祖父は昭和19年6月、イワジットでの戦闘時にマラリアに罹患し、翌月パウンデの兵站病院で死亡したとのことでした。図書館などでビルマ戦のことを調べ、多くの日本兵が壮絶な戦いで亡くなったと知りました。祖父の遺骨が帰国できているのかどうか知る由もありませんが、少しでも多くの日本兵のご遺骨が戻ることができるよう祈っております。

S・I様

テレビのニュース番組で、ミャンマー未来会議を知りました。私の祖父もビルマへ行きました。帰還したものの、戦友が死んでしまったのに自分が生きていることを悔やんでいたそうです。人前では泣かない人だったのですが、生前は毎晩1人で亡くなった戦友達の写真を見て泣きながら大量の飲酒をし、それが原因で膵炎になりドクターストップを受けるも、早く戦友(亡くなった)に会いたいと言い、お酒をやめず自ら死ぬ道を選びました。祖父は死ぬ前にビルマに行きたいと言っていましたが、果たすことなく亡くなりました。私の父は、その祖父の願いを叶えてあげることができなかったと後悔し、父は私にミャンマーに祖父の慰霊を持って行ってあげてくれ。と私に託しました。まだ、果たせていませんが、ミャンマー未来会議に寄付という形でも関わることで、祖父が喜んでくれるのではないかと思い寄付することを決めました。

T・S様

日本人が日本へ帰れない事実を知ったのは虎ノ門ニュースでした。微力ながら応援させていただきたいと思います。是非、45000柱の御英霊を日本へ御帰還させてください。

K・F様

ミャンマーの皆様の益々のご繁栄と、命に代えて、私共に生きるチャンスを与えて下さった英霊の御霊の一日も早いご帰国とご平安に向け、同国で奮闘される皆様に対し、僅かではございますが、ご支援申し上げたく存じます。

T・K様

本来であれば私も行って活動のお手伝いをしたいところですが、できないためお金のみの支援となってしまうことをさみしく思います。今後の活躍を願っております。また、活動に少しでも貢献できればと思います。

K・A様

虎ノ門ニュースで井本さんを知りました。私の祖母の兄は中国安徽省で戦死しました。あの戦争を生きた者の家族である、日本人皆にとって大切な活動をして下さり、感謝に堪えません。協力して下さっているミャンマーの皆様も、本当に有り難うございます。

T・I様

先の戦争にて亡くなった方の遺骨収集には、自己にて行う事はできません。せめて、移動費にでも当ててください。活動に、頭が下がります。