日本ミャンマー未来会議

支援者様からのメッセージ

応援メッセージをいただき誠にありがとうございます。掲載させていただいたメッセージの他にも、たくさんのメッセージをいただきました。

全てをご紹介できず申し訳ありません。皆様の想いを胸に刻み、スタッフ一同これからも活動して参ります。本当にありがとうございました。

M・T様

虎ノ門ニュースで知りました。もっと多くの方々に知ってもらえたらと思います。

H・T様

これからも有本さん、適切な情報発信をお願いします。

F・A様

以前、仕事でインパール作戦に関する資料を翻訳する機会があり、色々調べていく中で僻地で援護もなく次々に亡くなっていかれた方々の事を知りました。その前から虎ノ門ニュースで井本さんが遺骨回収をされている事を知っていたので、何か私でもできる事があればと思っていた所、本日の虎ノ門ニュースで社団法人を立ち上げられたとの事を聞きましたので、微力ながら毎月の寄付で井本さんの活動を応援させて頂きたいと思います。

S・M様

虎ノ門ニュースを見て知りました。非力支援ですが協力させてください。

T・H様

虎の門ニュースで知り、さっそく寄付を申し込みました。少しではありますが、寄付で支援させていただきます。

W・M様

がんばってください。遠く福岡よりお見守りいたします。

K・H様

家族からの理解が得られない貧乏サラリーマンですが微力ながら毎月の小遣いからご協力させて頂きます。

S・K様

私は今年で30歳になります。今こうしてチャレンジ出来ているのもこの国の未来を思って戦ってくれた方達のお陰だと思ってます。本来国がやらねばいけない事に立ち上がって頂きありがとうございます。心から敬意を表させて頂き少額ではありますが、寄付させて頂きます。

M・T様

虎の門ニュースを観て初めてご活動を知りました。今もなお異国の地で風雨に晒されながら戦い続けておられる方々がいるのですね。胸が詰まります。何としても日本で安らかに眠って頂きたいです。ただ祈ることしか出来ませんがご活動を心より応援しております。皆さまくれぐれもお体ご自愛ください。

I・T様

虎ノ門ニュースでこの活動を伺いました。がんばってください。私の祖父はレイテで亡くなってようです。

M・A様

心から感謝致します。 英霊の日本国ご帰還にご尽力されている皆様がいつでも健康で幸せでありますように祈っております。

K・K様

今般においても激動の情勢下でありますが、感謝の念と共に、引き続き皆様の御活躍をお祈り申し上げます。

H・F様

戦後、75年、今の私たちが存在できるのも、遠い異国の地で戦死され、いまだに祖国に戻れずにおられる、方々のおかげです。 日本政府による遺骨収集が望めない現在、日本ミャンマー未来会議の活動に大いに賛同し、活動されている井本様や、他の方々の お役に少しでもなればと、微力ですが応援しております。

K・Y様

ミャンマーで何度かお会いさせていただいた井本さんの活動を応援しております。気持ち程度ですが、支援させてください。 またミャンマー もしくは タイ でお会いできるのを楽しみにしております。

Y・F様

未帰還の日本兵の方々の為、現在の日本とミャンマーの為に活動されている皆様に心より感謝致します。 また、井本様を始め、役員の方に福岡県と縁のある方がおられ、福岡県民としてとても嬉しく、誇らしい気持ちになりました。 私の祖父の兄は、昭和20年4月30日にビルマのペグー市にて戦死(森第10369部隊所属)し、未だに遺品は還らないままです。祖父は今も戦死通知書やお兄さん宛てに届いた古い手紙などを大事に保管しています。また、最近になって、お兄さんの残したアルバムを見ながら思い出話をすることもありました。今もお兄さんのことを思い続けているのだと思います。いつか還ってきて欲しいと私も願っています。 ひとりでも多くの方が日本に帰還できるよう、微力ながら支援させていただきますので、お役立てください。

K・K様

終戦から75年の時が流れてしまいました。今日も現地で調査に携わっておられる方々に心より感謝を申し上げたく願います。

S・T様

最近、私の祖父も衛生兵としてビルマに出兵していたと聞き、他人事ではないと感じました。今の自分がいるのは祖父のお陰であり、祖父が無事生きて帰国出来たのは少なからず現地で命を落とされた方々のお陰もあっただろうと思い、恩返しも兼ねて是非支援させて頂きたく思います。

K・K様

埼玉県の吉沢車輌という会社の従業員の者です。弊社社長 吉沢の影響の下、ミャンマーにおける貴会議のご活躍に畏敬の念を抱き続けております。今後も吉沢車輌で働く間、定期的にご支援をさせていただく所存であります。井本さん並びに貴会議における益々のご活躍をお祈り申し上げます。

Y・O様

いつもありがとうございます。『白骨街道』のことは子供のころからずっと頭にあり、お花の種を植えて花畑街道にしたいと思っていました。ご遺骨の収集は、国民が食べられるようになったらまずやらねばならなかったこと・・・。何も知らされていない日本の問題は本当に深刻でありますが、一方で我々の知らないところで尊い活動をされてる方が各方面にいらっしゃる、それは自分の支えにも励みにもなります。ありがとうございます。

M・T様

私の父は、昭和20年2月にミャンマーにて戦死しております。長い間、気になりつつ、歳を重ねてまいりました。井本さんの活動に感謝しております。体に気をつけて、これからも宜しくお願い致します。

T・H様

安倍さんから給付金を頂きましたので私なりの有効活用させて頂きました。いつもありがとうございます。

M・H様

いまだに日本に戻れない英霊に対して私はとても恥ずかしく申し訳なく思います。体力的にも物理的なお手伝いはできませんが、せめて少しだけでもと思い寄付をさせていただきます。

R・O様

私の祖父は終戦後、ソ連軍によってカザフスタンで数年にわたる抑留・強制労働を強いられました。当時21歳だった祖父は生前、「若かったから生きて帰られた」と語っていたそうです。ソ連軍による抑留では5万人もの日本兵が亡くなったと言われていますが、どんなにか故郷に帰ることを願っておられただろうと思います。身内に抑留経験者がいたことで、異国の地に眠る日本兵のご遺骨については、いつも気になっているところでした。ミャンマーでの皆様の活動を知り、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。《一部抜粋》

T・N様

このような形でしか御期待に沿えず申し訳ありません。ごく微力ですが、お使いいただければと存じます。何卒、御健勝の程を

Y・U様

インターネットのリンクからこのホームページにたどり着きました。ご苦労は多いかと思いますが、頑張って頂きたいと思います。私もわずかですが、サポートさせていただきます。また、いつかはボランティア等で現地を訪れる機会があれば幸いです。